悩める青少年の夜 中編
「もうすぐ誕生日パーティーでございますね、帝様」
遅い朝食を用意しながらにこやかに言うメイドにそう言えば、と自分の誕生日が間近に迫っている事を思い出す。
正直面倒だとしか思えない。各界のお偉いばかり集めて上辺だけの挨拶を繰り返す。いくら俺でも気疲れするのだ。
嫌そうに人知れず溜息を落とす俺に気付く事無くメイドは続けた。
「今年はお嬢様も参加なされるんですね。慣れないから不安だと仰っていました」
「・・・え?」
「社長も奥様も海外ですからお嬢様がご家族代表になるのでは?」
「あぁ・・・そう、ですね」
そうだった。このパーティーには当然だが茉莉も参加する。しかし今回のパーティーはこれまでのものとは規模が違う。集まる人数も面子も彼女にとっては恐怖でしかないはずだ。
だが、参加させないわけにはいかない。人々は俺に義姉が出来た事を知っている。当然会わせろと言うだろう。
「不味いな・・」
今のままで参加すればいらぬ恥を掻くことになる。それは桐堂財閥の汚点にもなるが、何より彼女が傷付くところは見たくない。
パーティーまで残り僅かだが、今から準備をすれば少なくとも彼女が泣く事はなくなるだろう。
逸る気持ちは押さえ難く、フォークを置くと食事の途中にも関わらず席を立つ。
「すみません、少し席を外します。義姉さんは部屋にいますか?」
「今お嬢様のお友達がいらしているようで、おニ人でお部屋にいるようです」
友達、と聞きすぐに思い付いたのが美子とか言う一緒に遊園地に行った女だったが、メイドの表情に胸騒ぎを覚えた。
そしてよせばいいのに俺は彼女の部屋を訪れた――いや、訪れようとした。
しかし、ノックをしようとした手は中から漏れて来る声に思わず固まる。
人払いされた部屋の中から彼女の嗚咽交じりの泣き声が聞こえ、心臓を握られたような錯覚を覚える。
一体どうしたんだ?
音を立てないようにしてドアを開けた俺の目に飛び込んで来たのは、やはり御影流架の背中だった。
茉莉の姿が見えないと思い視線を巡らせるが、すぐに最悪の事態を思い知らされる。
御影流架の背中越しに黒髪が僅かに覗いていた。
「――――っ!」
それを否定するように無意識の内にドアを閉めるが脳裏には鮮明に先程の光景が残っていた。
衝撃的だったがそこまで絶望はしなかった。心のどころかで納得している自分もいた。
しかし部屋に戻り、再び事務的にでも笑顔を振りまいて食事をする事は出来そうになかった。
ぼんやりとした頭を冷やそうと思い外に出ると冷蔵庫の中に入ったかのような錯覚に陥るほど身震いがした。
思いの外衝撃が強かったのか、随分薄着で来てしまった。だが、上着を取りに行こうとも思えずそのまま庭に出る。
久しぶりに歩く庭は春には見事な花々が咲き誇るが、今は色褪せ、物寂しさを一層感じさせる。
「・・・さみぃ・・」
呟く息さえ白く漂う。
そして白い煙が掻き消えた時、ガチャリと言う重々しい音が鼓膜を打つ。
振り返ると今最も見たくないニ人が仲良く屋敷から出て来るところだった。
「嫌がらせか・・」
渇いた笑いを飲み込んでニ人を見送る。垣間見た茉莉は笑顔で、もうその目に涙は無かった。
ホッとしながらも彼女の涙を受け止める事も笑顔に変える事も出来ない自分が情けなくて、歯がゆくて俺はしばらくその場に立ち尽くした。
「・・・終り、かな」
振り仰いだ空はどんよりと雲っていて、今にも泣き出しそうだった。
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